取引事例の事情補正についての誤解

かつて公的鑑定を行った中で、当方の鑑定書に対して、被告より以下のような主張がなされたことが有った。

「・・・・・裁判所評価書で選択された取引事例A及び取引事例Bは、原則的には取引事例調査票に従い事情補正の要否が判断されるべきところ、残念ながら、取引事例調査票そのものは入手困難であり内容を確認することが出来ない。・・・・・利害の対立する被告評価書及び原告評価書において、同様に事情補正が100/100とされていることからすると、当該取引事例における取引事例調査票にも、同じく事情補正は不要であるすなわち当該事例の事情は正常であると記載されていると考えるのが合理的である。」

要約すると被告は、「取引事例カードの取引の事情項目欄の事情の有無に無・補正率は100と記載されているのに、公的鑑定書では高値取引として事情補正が施されているのは不当である」と主張しているが、鑑定評価作業において採用事例の事情補正の要否を判断するのは、評価主体であるということを認識できていたなら、係る被告主張はなかったと思われる。

地価公示評価ではインターネット公開に向けて、取引事例作成者に事情補正・時点修正・標準化補正の判断を委ねる画一的な事務処理が多くの公示評価員の了解事項となっている。

記述の通り、事例使用者が事情補正・時点修正・標準化補正を適切に行うことが取引事例比較法の本質であるが、公示評価作業ではこれらの判断を事例作成者に全面的に託した修補正一覧表(国交省サイドからは事例作成者の補修正後価格に絶対拘束されるとする指示はしていないとの弁明があり、鑑定士サイドが勝手に自主規制した成果物)が作成され、そこで決定された補修正後価格を前提に比準価格が決定される。

この公示評価に内在する病理が公示評価以外の一般鑑定(訴訟鑑定も含まれる)業務に徐々に蔓延しているのは困ったことである。なお取引事例の実態等については、鑑定専門誌Evaluation No.39「融解する地価公示-公的評価に忍び寄る抽象主義」を読んでいただければご理解頂けると思う。

被告記載文章にある取引事例調査票(正確には土地取引状況調査票)の内容にも紆余曲折があり、以前はアンケート質問事項・取引に当たっての感想(1:通常の相場で購入したと思う 2:特に感想はない 3:相場より●割程度高く・安く購入したと思う)の回答に沿って事情補正の有無が判定されていたが、現在では当該質問事項は消え、調査票に記載の残った取引に当たっての状況等(解体予定の古家付で購入した、自己利用目的で購入した、隣地を購入した、借地を購入した、借家を購入した、親族・系列法人等関係者間取引、調停・和解による売買、競売・入札等の競争により購入した、土壌汚染があった、転売目的の為に購入した、その他)の回答を踏まえ、事例の存する地域の地価水準も考量して事情補正率を判定することになったが、それでも事例作成者が判定した事情補正率等に拘束されるという画一的事務処理から抜け出せない状況下にあり、これが鑑定主体の自主的価格解釈作業を阻害することになっている。

取引当事者の動機(経済的ミュートス)によって取引価格の大枠が形成されるので、その位置要因と画地条件のみを反映して価格形成された取引は稀である。現実市場ではバラバラな価格帯の取引価格が成立し、一定の範囲内に分布しているなら全て適正価格であると言える。

ここに位置要因(地域要因)格差と画地条件(個別的要因)格差を抽出して、アプローチする取引事例比較法の限界性と比準価格の精度がある。

かかる観点に立って、被告が事情補正を必要としないと主張しているならば、根拠のある主張として尊重するが、本件で被告が主張しているのは公示価格評価の画一的処理ルールが一般鑑定をも拘束するという誤解に起因している。

尚この誤解に基づいて事情補正を行わなかったために、双方の私的鑑定の比準過程における地域格差判定に大きな問題が生じている。

答弁書で、被告は原告私的鑑定の不当性を強く主張している。「原告評価書においては、取引事例B及びCの繁華性が標準より30%高く、すなわち価値が高いとの評価を付与され、他方で取引事例B及びCより繁華性が高いはずの本件地価公示地は、その繁華性が標準と同程度と評価され、価値的には取引事例B及びCより低く評価されており、明らかに矛盾している」。

一方で自らの鑑定については、「・・・・・両者の繁華性が逆転していない点において、より相当であると言える」と展開している。

当事者間の利益衡量を旨とする訴訟鑑定における地域要因の定性分析は慎重に行うべき(恣意的評価の判断根拠となる)であり、逆転していないだけマシとする被告主張で原告を説得することはできない。

文責:五島輝美

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