不動産鑑定評価に関する雑考

現行評価基準では不動産の鑑定評価を「現実の社会経済情勢の下で、合理的と考えられる市場で形成されるであろう不動産の経済価値を表示する価格を不動産鑑定士等が的確に把握する作業に代表されるように、練達堪能な専門家によって初めて可能な仕事であるから、このような意味において不動産の鑑定評価とは不動産の価格に関する専門家の判断であり意見であるといってよいであろう」と定義しているが、この極めて歯切れの悪い言葉の羅列は目まぐるしく変化する不動産世界と、それに伴い発生した多用な鑑定ニーズに対応すべく、正常価格判定にウエイトを置いた旧基準(※1)から少しだけ離脱を試みた形跡と解される。

しかし鑑定評価に関する批判(公共用地取得に伴う評価・訴訟鑑定・固定資産税の標準地評価・競売評価等々における不当鑑定の提起)が頻繁に発生するのは、既述の鑑定評価の定義に対して個々の鑑定士等の身構えが未だ完了していないと考えさせられることが多々あり、鑑定評価に関して懐疑的思考(※2)を少し展開してみたくなったというのが偽らざる心境である。約30年に亘り従事してきた自分の職種が既述の如く定義されていることに対して、少なくない気恥ずかしさを覚えたままで今日に至っているが「合理的と考えられる市場で形成されるであろう不動産の経済価値」の評価術を編み出すに相応しい才覚や知識が自分にあるとは思えないし、仮に少々の思いつきが閃いたとしてもそれを実行するだけの勇気と根気が私には欠けている。むしろ自分の怯儒と無知を知ればこそ、不動産鑑定業という虚業に就いているのが照れでも衒いでもない私の実感である。

しかし昨今の鑑定業界を省みると、著しく専門主義化(※3)し、機械的にDCF法の計算フォーマットに数値を投げ込んだだけの収益価格や、鑑定業務支援システムなるものが登場し、そこに組み込まれた比準表を使用した自動計算による比準価格の試算が横行している様に全てが単純化される。

鑑定評価理論という実践的大風呂敷は、複雑・不確実な現実を前して非現実的な小賢しい理屈や数式によって単純化しようと目論む輩によって席捲されつつある。数式と数量によって表すことの出来ない経済的事象(※4)は、いわば誤差項(ダミー)として処理する恐ろしい人達が鑑定業界に蔓延し、自動計算した価格をあらゆる評価目的にオートマチックに適用してくる。損失補償・担保・固定資産評価も全て同一スタンスで評価を行い、価格一元論とその正当性を嘯く。こんな鑑定業界に発生する病巣の一部を素描してみようと思う。読者諸氏が鑑定評価を今一度懐疑し、鑑定公準の創設に賛同してくれることに期待したい。

(※1)
旧基準の鑑定評価の定義:合理的な市場があったならばそこで形成されるであろう正常な市場価値を表示する価格を、鑑定評価の主体が適確に把握することを中心とする作業。
(※2)
鑑定評価に関する懐疑的思考:鑑定評価を懐疑することはペシミズムに陥ることなく、新たな鑑定評価の展望(解釈的思考を中心とする)を目指す。会計の世界に会計公準(会計が行われるための基本的前提)があるが、鑑定上の公理・鑑定の根底に存在する暗黙の同意事項としての鑑定公準を模索するものである。
(※3)
専門主義化:新(旧)基準における鑑定評価の定義の中にも専門家という言葉が乱発されている。府・市の用地担当者や裁判所の鑑定人・調停員の新人研修に際して「不動産を知らないことを私は知っている」と無知の知を前提に、「鑑定士はスペシャリストではなくジェネラリストたるべし」と述べるのが私の常である。
(※4)
数式と数量によって表すことの出来ない経済的事象:経済的ミュートス(物語性)のことである。不動産デベロッパーで用地取得を経験した友人の鑑定士から教えられたことであるが、目の前に札束が積まれた時の交渉相手の瞳の輝きの変化を想起しうるイメージ力の養成に努めたい。鑑定士は不動産にまつわる欲望の渦中で仕事をしていないから、評価額を一桁間違って記載しても詰め腹を切らされることはない。鑑定評価額はあくまでも抽象的な価格にすぎない。

〔1〕取引事例比較法について

1.取引事例の検証

①下記の2取引事例を眺めて欲しい。

不動産業者が建売素地を19,500千円で取得し、4ヶ月後に土地付建物を33,800千円でエンドユーザーに売却した、ごくありふれたケースである。土地付建物の総額を配分して事例化した建付地価格が200,931円/㎡であり、素地取得価格より約16%安い(公示価格査定のために、総額の約12%の業者利潤を計上して建付地価格を算定している)。ちなみに素地事例では+5%の買進み補正を施している。

2.取引事例の検討2

次に建付増価補正を施した事例を観察してみよう。

当該事例は平成18年度において大都市(東京・名古屋・大阪・福岡等)の中心商業ゾーンにおいて出現した建付増価補正の事例である。低金利の追い風を受けた不動産投資ブーム、REITの上場ラッシュに代表される都心部における不動産市場の部分的活況下のファンド事例であるが、地価公示等の公的価格とのギャップを埋めるために編み出された便法的手法である。修正更地価格というべき価格は下記算式により算定されている。

取引総額×(100-建付増価20)/100-建物積算価格

この数式の説明を担当分科会の鑑定士に求めたが、納得のいく回答は一切得られなかった。ここに建付増価補正なる鬼っ子が誕生し、不動産の証券化等に係る評価領域において未だ延命し続けている。

3.事情補正のスタンス

鑑定評価は価格解釈作業であるから、ジェネラリストの視線で合目的(評価目的に合致)な適正価格をいかに説明するかに情熱を費やしてきたし、新人研修などで若い鑑定士に接する機会があるたびに辻説法のように「価格を付けると宣う鑑定士は三流である。合目的な価格を解釈するのが我々の職務であるから」と繰り返してきた。

その時に次の例示を引いて説明することにしている。「取引事例比較法の適用にあたり、下記3事例を選択したとする(本来的には取引事情のない事例を選択適用すべきであるが、ここでは事情補正の考え方の例示である)。A事例は買進み(+20%)事例であり、取引価格は120千円/㎡、B事例の取引事情は正常であり取引価格は100千円/㎡、C事例は売急ぎ(△20%)事例であり、取引価格は80千円/㎡である。いずれも整形な中間画地で標準化補正は±0%、また時点修正もいずれも±0%とする。さてA・B・C事例からの試算比準価格(基準に当該用語はない。比準価格に至る試算段階の価格であるので私はこのように命名している)はどのように求められるのが正解かと質問してみるが、私の期待する回答に出会った事はない。各事例の事情補正・時点修正・標準化補正を施した修補正後価格はいずれも100千円/㎡となるが、試算比準価格の高低は地域要因の比較を行ってみないと解らないではないかという回答が殆どである。その時には微笑みながら(そうありたいと常に自分に言い聞かせている)、次のように解説することにしている。「高い取引価格からは高い試算比準価格が査定され、安い取引価格からは低い試算比準価格が査定される当り前の事実を承知して比準をやって欲しいね。もし違った結果が出るのであれば、それは市場実態を越えた事情補正を鑑定主体が行っていることに他ならないのだから。」

4.地域格差(比較)のスタンス

新駅予定地の評価をめぐって、不当鑑定の指摘がなされた事案を例に簡単な説明を行う。不動産バブル期に公共用地取得(道路買収)に伴う評価やゴルフ場用地の買収目的の評価で、ストライクゾーン一杯の価格を査定したことは私にもあるが、この様な鑑定では合目的な評価額を説明するにたる取引事例が存在するか否かが命運を分ける。その様な取引事例がないなら、依頼を謝絶するべきである。

鑑定評価に関する懐疑的思考から鑑定公準創設の提案をしたが、ここでの公準は例えばこんな風になる。「鑑定士が取引事例等の地域比較を行う場合の地域格差は±30%を限度とする」

新駅予定地の評価書では取引事例地との地域格差は極端に大きく、しかも地域比較の定性的な向きも逆転していた。これでは市民オンブズマンの指摘に対して説明責任を全うすることはできない。

〔2〕地価公示法8条に抵触する評価

大阪都心部に存する物件の鑑定評価において、私が査定した更地価格に公示価格とのバランスを保持されていないので地価公示法8条に抵触するとの指摘が数度あった。

代表的な事案を例に説明してみる。大阪都心部〈キタ〉のレジャーゾーン内に存する建物立退料の鑑定依頼が借家人より私にあった。家主サイドからは評価書(東京の鑑定業者が作成)が既に裁判所に提出されており、鑑定評価額(依頼目的:明渡し訴訟の立退料算定のため)は28,180千円であった。家主サイドの鑑定評価書の分析作業を開始し、評価額が全く不動産市場の実態を反映しない意味不明の価格であると判明したので、対抗鑑定書を作成し裁判所に提出された。私の鑑定評価額(立退料相当額)は352,908千円であり、家主サイドの鑑定評価額のなんと12.5倍である。この時点で私は依頼者及び担当弁護士に次のように話している。「両鑑定士は、それぞれに自己の依頼目的に即応する合目的な鑑定を行っているのだろうが、評価額が12.5倍も開差があるということは、どちらかが不当鑑定と言われても致し方ない。結果(判決になるか、和解により決着するのか当時は未知であった)が、全てを証明することになると思う」。最終的には私の評価額をベースに両当事者が和解の席に着き解決に至った。本件鑑定評価額に約12.5倍もの開差が生じた原因はア更地価格、イ借家権価格査定における割合方式のベースとなる敷地価格は建付地価格か更地価格か、ウ割合方式における借家権割合の判定、エ価格補償(借家権価格)と費用補償(借家人補償と移転補償)を合算した立退料相当額を査定することの是非等が複合しているが、本雑考において取り上げるのはアの更地価格である。

家主サイドの評価書における更地価格は、1,230千円/㎡であるのに対し、私(借家人サイド)の鑑定書のそれは、2,664千円/㎡と約2.2倍の開差があるが、私の鑑定が不当鑑定(地価公示法8条に抵触する)であるとの家主サイドからの指摘を要約してみる。比較的近傍に設定されている地価公示の平成18年度価格が1,450千円/㎡であるのに、それより位置要因(街路・接近・環境・行政条件)の劣る対象地の価格時点(平成18年7月8日)における更地価格が2,664千円/㎡であるのは納得が出来ない(著しく高いのではないか)との批判である。私の鑑定書では比準価格2,664千円/㎡、規準価格1,378千円/㎡と査定されており、比準価格が規準価格の約93%上方に求められたことについて、詳細な事例検証を行っている。家主サイドの評価書では価格時点の近隣地域の地価水準(標準画地価格)は1,110千円/㎡と試算されているが、梅田キタ第2の商業ゾーンの実勢価格帯を調査することなしに近傍の公示価格のみをメルクマール(標準画地価格を規準価格のわずか1.8%UPの坪367万円と査定されていることに鑑定士として失笑を禁じえない)に対象地の更地価格が決定されているという全くラフな鑑定書の典型であった。家主サイドの弁護士が鑑定士の意見を元に指摘した「土地価格は公示価格を規準としなければならない」ので、私の鑑定は地価公示法8条違反であるとの批判について、別件を例に次のように答えた。私が裁判所からの鑑定人として評価した継続家賃案件でも原告側の代理人から「通常、公示価格から算出される規準価格との差は大きくとも10%程度とされている」という指摘がなされ、それに対する第1回目の回答は「そのような鑑定制度の根幹に異議を唱える軽はずみな発言は以後慎まれた方が良いと思う」と一蹴したが、裁判所からの再度の回答要請に対して次のように丁重に対応したのが以下の文章である。「地価公示法8条に違反する可能性が高いとの意味不明の主張であるが、具体的に本鑑定書の土地価格査定の何処が8条に違反するのかを寧ろ説明して頂きたい。公示価格と実勢価格との乖離(公的価格評価のタイムラグによりある程度の価格乖離はいたし方ないが、周知の通り大阪都心部商業ゾーンの一部において2倍以上の価格開差があることが経済専門誌等により指摘された)がある場合には公的価格に拘束されることなく、賃料査定のベースとなる適正な基礎価格(土地及び建物価格)の把握に努めなければならない。このことは当事者間の利益衡量を主たる目的とする訴訟鑑定の鉄則である」。

実勢価格と大きく乖離した公示価格を使用して規準する場合に鑑定士の勇気が要請されることは、公示価格が現在抱えている病理の一つである。

〔3〕民事再生法と会社更生法の鑑定評価をめぐる諸問題

大阪地裁で民事再生法と会社更生法に係る鑑定評価を法制定以降携わってきたが、ある法律雑誌に部総括判事が発表された文章の一部を抜粋して紹介したい。

「評価は確立された理論や基準の適応の結果であるというよりは、評価人が迷路の中から編み出した調和のとれた説得的な作品であるようにも思われる。現実に出された評価を見て担保債権者側と債務者会社側とが主張する評価額の絶望的な隔たりを乗り越える名人芸を感じることがある。法は評価人の被選任母体に対する社会的役割と職責の重要性を考慮して、このような困難な役割を評価人に託したものと思われる。」

鑑定評価は価格解釈(説明)作業であると永きに亘って主張してきた私にとって、当該文章を目にした時「我が意を得たり」の心境と共に涙が出る程の無上の喜びを感じたことを今も記憶している。

さて現行基準は民事再生法124条、150条による早期処分価格の価格種類を特定価格と規定する一方で、会社更生法における財産評定及び更生担保権に係る目的物件の評価額を時価(価格種類は正常価格)と規定している。特定価格・正常価格と価格種類を使い分けるほどに両価格概念は確固たるものか否かは検討に値するが、実務上は価格種類に囚われることなく、共に合目的な適正価格の査定が専ら行われている。当該価格概念(限定価格なる価格概念が成立するか否かを含めて)については、いずれ機会を改めて論考したいが、ここでは早期処分価格ないしは時価査定の評価手法の現場の問題点を指摘しておきたい。

ゴルフ場が評価対象となった場合に特に顕著に現れるが、評価額は殆どDCF法による収益価格で決定され積算価格は神棚に祀られる(むしろ屋根裏に放置されると表現する方が適切なイメージが伝わる)。例えばDCF法による収益価格3億円、積算価格40億円なるケースは決して特殊ではない。債権者サイドの主張は「固定資産評価額でも30億円なのに、何故評価額は3億円しかないのか」となる。外資系の金融機関等がスポンサーである場合等は更生計画案における財産評定は極めてシビアとなり、従って債務者サイドと債権者サイドの価格開差は絶望的と思われるほどの隔たりがある。

裁判所から評価人として選任された場合は、価格解釈作業を駆使して両者の利益衡量を何とか図ろうとするが、その際に工夫したのが修正積算価格という概念である。鑑定評価の基礎的認識として旧基準までは維持されていた「各試算価格は等しく正常(適正)価格を指向するものである」という精神を背景により、収益価格と同じ土俵に乗せるために積算価格に一定の価格修正(早期売却価格修正率を積算価格に乗じて修正積算価格を査定し、時価査定の場合は積算価格に売却価格修正率を乗じて換価性の検討を充分に加えた修正積算価格を査定する)行った上で、収益価格との調整作業に突入することになる。

なおDCF法が抱える病理分析は堀川氏の論究に重複するので今回は控えるが、ファンドの鑑定評価においては収益価格100・積算価格10、民事再生法の鑑定評価では収益価格10・積算価格100という評価額が査定され、いずれの場合でも採用されるのは合目的性を優先した収益価格であり、積算価格は民事再生法等の場合は屋根裏に、ファンド等の鑑定においては床下に捨てられるという評価が一般化している。積算価格は担保権に対する評価額の割付けのみに使用され、この時は用無しとして捨てられた積算価格に役割を与えるという身勝手な処遇が積算価格に課せられる。

現行基準でいうところの「試算価格が有する説得力に係る判断」の乱用により、積算価格は単なるお飾りとする鑑定評価が横行しているが、我が郷土の英雄・頭山満翁(※)ばりに懐手で斬って本雑考を終りにする。「鑑定士が積算価格をゴミ箱に捨てた時、鑑定評価の命運は尽きる」このことは粗雑な物件確定・地域分析が横行し、ブツの確定・確認の不得手なお坊ちゃん鑑定士が育つ土壌が無限に拡大していることからも容易に予測できる。

(※)頭山満翁

筑前福岡に組織された超右翼結社・玄洋社の筆頭社員。明治ナショナリズムの勃興期に、炭鉱夫や風喰い芸人などと共に生きた大陸浪人である。

文責:五島輝美

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